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鉄道模型の宿の珈琲マスターブログ
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謝恩フリー切符ってご存知ですか?
いまから30年以上前の春、国鉄が分割民営化された。

時は1987年4月1日の1日前、つまり国鉄最後の日となった3月31日に

「謝恩フリーきっぷ」

なるものが列島を席巻した。

これは1987年3月31日に限って国鉄全線のあらゆる列車の自由席が乗り放題という、まさに夢のようなチケットであった。しかも値段は6000円という超破格値。 
記念の全線鉄道路線図ポスターまでついてきた。
sfpost.jpg


1990年代後半にもこれと似たきっぷが発売されたことがあったような気もするが、これほどのインパクトをもって迎えられたきっぷは後にも先にも出現していない気がする。

しかも発売枚数が限られ、さらに発売箇所さえも限られた。発売日には長蛇の列ができることは想像に難くはなかった。

発売日前日深夜、大阪駅に向かうと、そこには信じがたいような列ができていた。翌日10時発売の、くだんのきっぷを求めるひとたちの行列である。

早春のまだ底冷えのするコンコースに座り込み、夜を明かした。そして翌日、晴れて
SFkippu22.gif


を入手することに成功した。のこり数十枚というギリギリのラインだった。

とにかく少しでもたくさん、長く乗ろうという野望によって、以下のスケジュールで国鉄ファイナルDAYを過ごすことになった。

3月30日
大阪---急行きたぐに---新潟---特急いなほ---青森---特急はつかり---盛岡---東北新幹線やまびこ---大宮---上越新幹線あさひ---長岡---臨時夜行急行---大阪
4月1日着

「きたぐに」は京都から日付が変わり、3月31日となる。しかしながら正直に日付変更を待って乗車を試みても、満員で取り残される可能性も十二分に考えられる。
大阪から京都までの乗車券と急行券を買って乗るという術は、少し汽車旅の経験のある人間ならだれでも考え付く方法ではあった。

しかしそこには予想もし得ない事態が待っていたのだった。


==

発車1時間以上前に大阪駅に到着したが、それはあまりに遅すぎる時間だった。想像をはるかに超える長蛇の列がそこにはあった。乗り鉄たるもの、誰でも考えることは同じなのである。

できるだけたくさん、遠くに、効率的に。。。

このきっぷを所有する関西圏在住の人間にとって、それらすべてを満たす「第一ランナー」急行きたぐにしかないのである。

自由席の乗車口には、もはや「列」を通り越して、人の塊が群れていた。座れるかどうか云々よりも、果たして無事列車に乗ることができるのかどうかということが問題であった。

しかしこの列車に乗れないとなると、計画のすべてはパーになってしまう。
あまりの混雑に、積み残し必至と判断した国鉄は、早々に「臨時きたぐに」を運転との発表を行ったが、たとえ臨時列車が出たとしても、それはあまり意味を成さない。
何故なら、新潟からの接続列車「いなほ」の乗り換え時間はほんのわずか。後続の臨時列車からは乗り継ぐことができないのは明白であったからである。 
何が何でもこの定期のきたぐにに乗らねばならない。

乗車開始となり次々に車内へと人間の列が吸い込まれてゆく。幸い乗り込むことができたものの、やはり客室内には入れない。

しまいには、デッキどころが、洗面所、

挙句の果てには冷却飲料水機の上にまでよじ登る客

まで現れる始末であった。
それほどまでしないと、足を置く場所さえ確保できないのである。

列車はほぼ定刻に発車した。
京都で日付が変わるが、当然のことながら京都で並んでいる者の中に、定期のきたぐに号に乗ることのできた人間は一人として存在しなかった。

車内はいよいよ灼熱地獄と化してきた。そんな劣悪な環境の中、車内から男の叫ぶ声が聞こえた。

「おい!病人だ。医者ないか!!?」

緊急事態である。
周囲が騒然となった。残念ながら、そんな声に呼応するものはいない。

「おい!みんな!とりあえずベッドを作ってそこに寝かせよう」

そう。「きたぐに」の車両は昼夜兼用の583系。 手動で寝台のセットが可能なのである。
座席に座っていた乗客は次々にベッドのセッティングを始めてしまった。

もはや何でもアリである。病人はもちろんだが、この超満員状態を少しでも緩和するには寝台をセットして、一人でも楽な状態をつくらなくてはならない。 心労が限界に達した乗客の「最後の切り札」だったのかもしれない。

果たしてほかの車両でどんな事態になっているのか、知る由もなかったが、少なくともわれわれの乗った車両では、ベッドが出来上がるたびに拍手が沸き起こった。そしてデッキや、飲料水機の上に追いやられていた立ち客が、次々に三段寝台の蚕棚に収まっていった。

かくある私は、中段へ、しかも3人で逃げ込むことに成功した。一床に3人。まるで超繁忙期の北アの山小屋である。

やがて病人発生の通報を受けた車掌が人ごみを掻き分けてやってきた。自由席車のはずが、知らぬ間に出来上がった寝台車。 一瞬困惑の様子も見て取れたが、乗務員も諦める他はない。 何も云わず、応急処置と投薬を済ませ戻って行ったのである。


国鉄最後の日、1987年3月31日深夜2時、北陸本線車内での出来事であった。

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